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[16069] Re:向かいあわせのATC車・冷房改造されたMc103など
永尾様、林様、皆様、こんばんは。

・永尾様

編成替えの様々な事情に関しましてご教授ありがとうございました。

クハ103−811・818ですが、山手区から浦和区へ転入した直後の88年6月に冷房改造で入場したサハ103−122・123の代わりで以下の通りにウラ2編成に組み込まれていたのを見かけております。

Tc359、M465?、M’621?、Tc818、Tc811、M91、M’127、M466?、M’622?、Tc360

その後は数回編成替えが行われていくつかの編成を渡り歩き、最終的に89・90年頃クハ103−285・286と差し替えられて以降クハ103−393・394と差し替えられて94年に豊田区へ転出するまでずっと以下の通りにウラ54編成の先頭に連結されていました。

Tc811、M349、M’505、T334、M350、M’506、T335、M351、M’507、Tc818

クハ103−811・818はご存知の通り非ATC高運転台車にATCを取り付けた車両でATC取り付け後も乗務員室内のナンバープレート上の前照灯点検蓋に「冷房編成のため 青梅線には入れません」のステッカーが貼られたままだったのが強く印象に残っていますが、浦和区時代に組み込まれていた編成は上記の2本しか記憶にありません。

・林様

70年代後半から80年頃の京浜東北線・横浜線の103系の状況について解説ありがとうございました。
昨日も書き込みしましたが当時の京浜東北線の記憶はわずかしかなく横浜線とは縁がなかったので大変興味深く拝見させていただきました。

なお、お書きになられた通り78年登場の横浜線の冷房車編成はクモハ103−119以下の7両編成です。
芝生様のサイトには原町田で撮影されたこの編成の写真がコメント付きで載っています。
[芝生様、いつも頼ってばかりで本当にすみません。]

以上、失礼しました。


投稿日 2006年11月28日(火) 20時33分 投稿者 三河安城 [gk016.leo-net.jp]


[16068] 向かい合わせのATC車
三河安城 さん、みなさん、こんにちは。

ちょっと家に戻らないと日時は特定できませんが、クハ103−811と818が向かい合った編成が走っていました。
山手から浦和に転属したのが88年5月ですので、そのころから走ったのではと思います。
編成表89年冬の号ではこれら2両は40編成として両端に移動していますが、編成替えというのは外部のものが特定するのはかなり難しいと思います。
例えば暫定的使用というのも10日使ったからそうだと我々は思いがちですが、現場では「当初、この編成で組む予定だったのを急きょ取りやめて違う編成にした」という可能性もあるからです。
ここまで外部のものが追うことはできないのですね。
ですので、かなり難しい話になってくると思います。


投稿日 2006年11月28日(火) 09時22分 投稿者 永尾信幸 [p1007-ipad72osakakita.osaka.ocn.ne.jp]


[16067] ご指摘有難うございます。
前納さん、みなさん、こんばんは。

>前納さん
ご指摘有難うございます。また、誤記を致しまして点、お詫び申し上げます。


投稿日 2006年11月27日(月) 22時07分 投稿者 林 俊宏 [i58-93-49-95.s05.a013.ap.plala.or.jp]


[16066] 昭和54年の横浜線新性能化
林さん、みなさん、こんばんは。

昭和54年の横浜線新性能化の際は、Ml30-M'240、Ml34-M'247、Ml35-M'248の冷房改造車3ユニットが、品川から蒲田に転属となっています。


投稿日 2006年11月27日(月) 21時56分 投稿者 前納浩一 [i125-203-103-26.s04.a013.ap.plala.or.jp]


[16065] 冷房改造されたMc103など
三河安城さん、みなさん、こんばんは。

>三河安城さん
昭和55年度末に京浜東北線の蒲田・下十条の両区が基本6両・付属4両に組み替えされるまでは、蒲田の大宮方の先頭車のMc103冷房改造車の存在が大変目立ちました。

また、横浜線で昭和53年上期から冷房車が開始されて、同線へのオール7連初入線車は、蒲田の基本編成、Mc119〜を先頭とする編成だったと思われ、スカイブルーの車体に「横浜線」の看板を掲げていた姿は、インパクトが強いものがありました。

そして、当時の横浜線は、蒲田はMc先頭とTc先頭の2パターンがあり、東神奈川は、同じ7連でも中間にMc封じ込めの編成で(編成表によれば、蒲田にも1本存在していたようですね。)、新性能化が完了していなく、翌年品川からのATC準備車と中間はオール非冷房車が転入して、同線の完全新性能化が達成されましたね。


投稿日 2006年11月27日(月) 21時53分 投稿者 林 俊宏 [i58-93-49-95.s05.a013.ap.plala.or.jp]


[16064] Re:Re:ATC車向かい合わせ
Y.a様、飯田橋博士様、急行なにわ様、皆様、こんばんは。

京浜東北線の中間にクハ103ATC車が向かい合った編成に関してのご指摘・ご教示ありがとうございました。国鉄時代のそれもATC化以前の時点で既に存在していたことは知りませんでした。当時私は小学校に入学した頃でその時期の京浜東北線の103系といえば冷房改造されたクモハ103が大宮寄りの先頭だった編成、蒲田区の編成でウグイス色のクハ103−70が組み込まれた1両だけ色違いの混色編成、以前書き込みした中間に組み込まれていたクモハ103・クハ103−500番台の「小田原」・「横須賀」などの行先表示などしか思い浮かびません。ですので皆様の書き込みを興味深く拝見させていただきました。皆様には重ねてお礼申し上げます。

さて、昨日の話の続きですがウラ70編成と同時期の88年3月から5月にかけて中間にクハ103ATC車が向かい合って連結されていたウラ14編成は以下の編成だったようです。

Tc389、M184、M’339、Tc478、Tc477、M605、M’761、M267、M’422、Tc390

この編成は冷房改造で入場したサハ103−155、モハ103−180、モハ102−335、サハ103−156の代わりにウラ33編成をバラしてそのうちの4両を組み込んだものでウラ33編成の残り6両はクハ103−552、クモハ103−67、モハ103−175の3両は冷房改造で入場して、サハ103−165、モハ103−607、モハ102−763の3両はやはり冷房改造で入場したクハ103−551、クモハ103−97、モハ102−219の代わりにウラ52編成に組み込まれて使用されました。

このようにJRになってからの中間にクハ103ATC車が向かい合った編成は冷房改造で入場した車両の代わりに一時的に組まれていた場合が殆どで正式に組まれた編成は88年10月頃の以下の3本からだと思われます。

    Tc  M   M’  Tc  Tc  M   M’  M   M’  Tc
 8 769 279 434 402 401 576 732 280 435 782
40 375 515 671 344 343 136 249 516 672 376
77 303 418 574 320 319 447 603 419 575 304

その後は横浜線・埼京線への205系投入に伴い蒲田区・川越区から浦和区へ転入したクハ103ATC車を組み込んだ編成が増えましたがやはり中間に先頭車が入った編成が増えるのは好ましくないという理由からか89年に以下の6本の編成が205系の投入[1−4編成の4本]と川越区からのサハ103の転入[22・55編成の2本]により置き換えられています。

    Tc  M   M’  Tc  Tc  M   M’  M   M’  Tc
 1 721 579 735 744 315 147 274 581 737 722
 2 297*441 597 350 793  98 147 443 599 298*
 3 317 502 658 704 313 178 333 503 659 318
 4 303 418 574 320 319 447 603 419 575 304
22 703 381 537 758 403 107 911 382 538 736
55 729 663 819 728 463 262 417 664 820 730

22・55編成のクハ103−403・463・728・758の4両はサハ103−224・225[22編成]とサハ103−306・307[55編成]に差し替えられて習志野区へ転出、1−4編成の4本は京葉線新木場ー東京間開業用などで習志野区・豊田区へ転出しています。なお、クハ103−297・298の2両は京浜東北線に残留して転出時に他編成の中間に組み込まれていたクハ103−275・276と差し替えられています。

このクハ103−275・276はクハ103−350・793と共に89年7月に川越区より転入して12月に転出するまでの5カ月間しか浦和区に在籍しませんでした。過去にこの掲示板に「クハ103−275・276は埼京線開業直前にカナリヤイエロー色のままATSをBからSに取り換えて一時的にカナリヤイエロー色で唯一のSC標記の車両だった。」という書き込みがあったと記憶していますがスカイブルー色でのSC標記も短い期間だけ見られた貴重なものでした。当時都内在住の高校生で京浜東北線を通学で利用していて私はこの2両がすぐ転出するとは思っていなかったので転出したのを知った時は京浜東北線では一度も乗車したことが無かった為非常に残念に思ったものでした。

以上、本日も長文・駄文失礼しました。





投稿日 2006年11月27日(月) 21時12分 投稿者 三河安城 [gk016.leo-net.jp(修)]


[16063] Re: ATC車向かい合わせ
三河安城さん、Y.aさん、飯田橋博士さん(鉄腕アトムではなく浅草キッドを思い出す私は変でしょうか)、
おはようございます。
当時は組み換えが頻繁に発生していましたが、78年版編成表では、蒲田の1,2,16,20,22の各編成でATC車が向き合っています。環状線への方向転換しての転属、横浜線のTcMM'TMcMT'c編成の解消などで偶数向きが多く製造されてからでしょう。ATC車は奇偶同数で製造され、向かい合わせは山手線から撤退するまではありませんでしたが、結局非ATC車が環状線に2両多く製造され、お相手は低運転台車で今なお走り続けていることは皆さんご存知の通りです。
もっとも、先にあげた5編成とも、モハ102が非冷房なので、クーラーは使えませんでした。


投稿日 2006年11月27日(月) 10時55分 投稿者 急行なにわ [cap012-137.kcn.ne.jp]


[16062] ATC車向かい合わせ
三河安城様、Y.a様、みなさま、こんばんは。

ATC車同士の向かい合わせ、国鉄電車編成表80年版で蒲田区に6本記載がありました。
但し、当時は編成単位の入場ではないため車両の入れ替わりが激しく、現実にはもっと
あった可能性も考えられます。余談ですが、この頃は既に両端がATC車になりつつ
ありましたが、実際にはATC導入直前までは大船側に一般型Tcや500番台が変則的に
組まれた事がありました。こうした事例までは編成表に出ていないのは残念です。


投稿日 2006年11月26日(日) 21時52分 投稿者 飯田橋博士 [124x39x30x53.ap124.ftth.ucom.ne.jp]


[16061] T5
24年前の中央快速線様、皆様、こんばんは。

T5編成ですが、確かに19日の63Tで離脱後21日に長野に回送されています。知人が撮影しているので間違いないです。
画像は1st.trainというサイトなどに出ていますよ。
営業最終日の画像は永尾様の画像掲示板に貼りましたので、そちらも参考にして下さい。

では。



投稿日 2006年11月26日(日) 21時45分 投稿者 ラシ316 [cc002110.brew.ne.jp]


[16060] 今現在累計
皆さん、こんばんは

●貿易屋さん
某サイトでは、103系スカイブルー車保存される噂を情報を目にしたことがあります。
あんまり、よくわからないですが。 そうでは、ないと廃車処分になる? (あくまでも噂ですので必ずしも
100%正確ではありませんが。

●201系保有数
11月21日頃に、T5編成が廃車回送された噂の情報をキャッチしました。
まだ、画像や詳しい情報は無く、裏付けることはまだ出来ませんか、一応廃車された可能性は高いと思います。
となりますと、201系保有数は976両で、ピーク時1018両(100)としたら(95.87%)
豊田電車区廃車された編成はT6、5編成の計2編成(20両)廃車

●西日本103系保有数(11月26日現在)
森ノ宮電車区 大阪環状線104両 ユニバーサル編成24両  計128両

奈良電車区  関西線6両14編成84両 奈良線4両16編成64両 計148両

日根野電車区 羽衣支線用3両 阪和線4両22編成88両 6両11編成66両 8両1編成  計165両

加古川電車区 加古川線2両8編成  計16両

網干総合車輌所 和田岬支線用6両  播坦線用2両9編成(18両) 計24両

岡山電車区 4両5編成 計20両

広島電車区 4両18編成 計72両内(マスカット車5編成20両)
      3両 3編成   9両   計81両 

西日本103系 計582両 うち戸袋付12両

全体の保有の割合
東日本4両(0.62%)西日本582両(90.94%)九州54両(8.44%) 計640両

ピーク時3467両を100としたら(18.46%)

あんまり正確ではありませんが、一応、纏めて書き込みしました。
もし、間違い(誤り等)意見がありました、改めて訂正します。










投稿日 2006年11月26日(日) 20時52分 投稿者 24年前の中央快速線 [FLA1Aek182.tky.mesh.ad.jp]


[16059] Re:Re:延命N40工事車の廃車など
三河安城さま、みさなま、こんばんは。

 詳しい情報をありがとうございます。また、Mc-131 が冷改で大宮工場に入場した際の代替車輌の記録は参考になりました。
 さて、細かいことで恐縮ですが、

>これが京浜東北線で中間にクハ103ATC車が向かい合って連結された初の編成かと思われますが…

とのことですが、確か初ではないと思うんです。ATC化される前に存在していたと思います。

McM'Tc'(ATC)+Tc(ATC)MM'TMM'Tc'(ATC)

 このような編成で運用されていたと思います。また、当時のJRRの国鉄電車編成表にも載っていた気もするのですが、今、手元に資料がないため、すぐに確認することが出来ません。
 話しの論点と異なる細かいことを指摘してしまい、本当にすみません。


投稿日 2006年11月26日(日) 19時38分 投稿者 Y.a [cache-tkp-ab01.proxy.aol.com]


[16058] 初関西
こんばんは
休みを利用して今日と明日で京都と大阪に来ました。
今日は京都で撮影。
奈良線ホームで103系を待っていたら3本目にモハ103‐686〜モハ102‐482の元東日本のユニットが来ました。検査直後で?床下が綺麗でした。初関西で早速撮影でき喜びでした。
明日は河原町から阪急で大阪に移動。大阪環状線を撮りたいと思います。


投稿日 2006年11月26日(日) 18時50分 投稿者 のっぽ [mobile48.search.tnz.yahoo.co.jp]


[16057] クハ208-56
みなさん、こんばんは。

2chにも既に情報が出ていますが、運用番号表示機がLEDになっているのを確認しました。18年11月全検(12-5の札)の検査標記でしたので、入場の際に交換されたものと思われます。


投稿日 2006年11月26日(日) 18時36分 投稿者 前納浩一 [wbcc5s07.ezweb.ne.jp]


[16056] Re:延命N40工事車の廃車など
三都路快速様、前納様、皆様、こんばんは。

・延命N40工事車の廃車

06年10月1日時点で以下の14両が廃車となっています。

サハ103−350・351・352・357・364・367・381・391・397・403・413・414、サハ102−10・13

・10月1日以降の廃車

複数のサイトで調べてみましたが、以前神戸貨物ターミナルで訓練に使用されてその後吹田工場へ回送された日根野区のクモハ103−127、モハ102−273、サハ103−284、クハ103−598の4両が吹田工場で廃車解体されているそうです。また、クハ103−15・16の編成も野洲での訓練を終えて吹田工場へ回送されたという情報がありこの6両も近日中に廃車解体されるものと思われます。

この他現在の時点で保留車となっている奈良区のモハ103−307、モハ102−463とサハ103−318・321[森ノ宮区より転入のサハ103−484・400と差し替え]、森ノ宮区のサハ102−2[サハ103−475と差し替え]の合計5両も廃車となった可能性があります。

・クハ103−769・782に関する訂正

最後に話は変わりますが、9月14日の私の書き込みで96年に習志野区より川越区へ貸し出されたクハ103−769・782について「この時に浦和区から習志野区へ転入した」と書き込みしましたが最近入手した103系の車歴表によると浦和区から京葉区に94年10月1日付けで転属して翌95年11月11日付けで京葉区から習志野区へ転属していることが判明しました。また、保安装置は京葉区転入時は同時期に一緒に浦和区から転入したクハ103−725・738・740・762と共にATS−Pは取り付けられずATC・ATS−BからATS−Snへ取り換え、10両固定編成の中間に組み込まれ、ATS−Pは習志野区転属時に取り付けられています。
以上、お詫びして訂正させていただきます。

余談ですがクハ103−769・782は88年に山手区から浦和区へ転入した当初はモハ103−279、モハ102−434と共に冷房改造で入場したクハ103−603、クモハ103−131、モハ102−279、サハ103−201の4両の代わりにウラ70編成の中間に組み込まれて以下の編成となっていたのを見かけた記憶があります。

Tc397、M164、M’307、Tc782、Tc769、M279、M’434、M565、M’721、Tc398

これが京浜東北線で中間にクハ103ATC車が向かい合って連結された初の編成かと思われますが[同時期にもう1本、確かウラ14編成も存在したかと思いますが]私はクハ103−769・782についてはこの時以外はいつも編成の先頭に立つ姿しか見たことが無く、しかも京葉線では一度も見かけたことが無かったので京葉区に配置され10両編成の中間に組み込まれていたことを知って意外に思いました。

以上、長文・駄文失礼しました。




投稿日 2006年11月26日(日) 18時06分 投稿者 三河安城 [gk016.leo-net.jp]


[16055] 追伸
三都路快速 さん、こんにちは。

管理人として1つ追伸を。
先ほどEB工事について質問をされて、その後この掲示板の管理人である前納さんと私の2つの回答を得ていると思います。
その回答に対して何らコメントをするわけでもなく、新しい質問をするというのはネット掲示板を使う上では少しマナーに反すると思います。

つまり、自分の質問の回答には答えてもらえて当たり前と、そういう風に見られてしまいます。(俗に言うクレクレくん)
ここは質問掲示板ではありませんので、質問だけをぶつけるという使い方は遠慮していただきたいと思います。

質問が悪いと言ってるわけではないのですよ。少なくとも回答があったら、それに対してお礼をするのがマナーですし、その回答に対して自分なりにこうしますとか、そいいうのを付け加えてくれればもっとスムーズなやりとりも期待できます。
そのあたり、気になりましたので、管理人モードで一言書かせてもらいました。


投稿日 2006年11月26日(日) 16時22分 投稿者 永尾信幸@管理人 [219-75-254-100.eonet.ne.jp]


[16054] RE:広島
三都路快速 さん、こんにちは。

2016年と言えば10年後ですね。それまで使い続ける可能性は低いと思いますが、そう思われた根拠は何でしょうか?
耐雪・回生・抑速ブレーキはどこで必要になるのでしょうか?
現在115系が乗り入れてるセノハチにわざわざ103系が乗り入れるメリットは何でしょうか?
仮にロングが必要とした場合、321系ではダメなのでしょうか?

瀬野はニュータウンができてるので比較的乗降客が多いと思いますが、そこから東はお世辞にも人が多いとは思えません。
いえ、白石以西は十分広島の通勤圏でしょうけど、沿線風景だけの判断ではロングは無用な気がします。
あと、セノハチに103系が走れないとされてますが、走ろうと思えば走れますよ。
中央線のトンネルなど物理的に入線が不可能なのではなく、機器に負担をかけるので乗り入れを控えるというのが理由の1つだと思いますので。
だって、モハ80形もモハ70・72形も走ってましたでしょ?

いずれにしても、JR西日本は321系を数百両単位で増備する事についてはすでに発表済み(ピク新車年鑑)のようですし、毎年の利益を見ても十分に設備投資をするだけの原資は持っております。
国鉄時代のように赤字なのに無理して新車を投入というのとは訳が違います。
わざわざ103系に手を加えて延命するなら、新車を投入してイメージアップを図ると思います。


投稿日 2006年11月26日(日) 16時16分 投稿者 永尾信幸 [219-75-254-100.eonet.ne.jp]


[16053] 広島地区103系は2016年まで使用か?
広島地区にいる103系は、
山陽・呉線の海田市・向洋付近の連続立体化工事
(広島市東部地区連続立体交差事業)
の完成のメドとされている、
2016年ごろまで使い続ける予定なのでしょうか。
それと、103系電車は、機器の一部更新や回生車化、それに耐雪、回生、抑速ブレーキの新設に加えて、
まさか、セノハチへの乗り入れは検討されているのでしょうか。
上記に記した、海田市・向洋付近では、山陽線に加えて、呉線からの列車合流で、
朝の列車本数が多い上に、
連続立体化工事が最盛期を迎えると、
工事区間付近が徐行運転になる可能性があるといわれているため、
広島地区では、この工事が終了するまでの朝夕ラッシュのピークを乗り切る上でも、
103系4ドア車は必要との認識がJR広島支社ないでもあるのではと思いますが・・・
そもそも呉線で、12年前に、103系が大量に導入された背景には、
特に呉付近で、朝の通学客が集中する列車において、
通学客の特定ドアへの集中や、クロスシートへのゴミ放置など乗降マナーの悪さが問題になり、
それで呉線の朝の列車の遅れが常態化する要因となったため、
その抜本的解決策として導入したのが真相ではと考えられますが・・・・




投稿日 2006年11月26日(日) 15時57分 投稿者 三都路快速 [145.111.111.219.dy.bbexcite.jp]


[16052] トタH17(続)
10号車が「キ」なのも確認しました。また、ミツ81が05Cに入っているのを確認しましたが、クハE230-81に女性専用車のステッカーが貼ってありました。


投稿日 2006年11月26日(日) 15時52分 投稿者 前納浩一 [wbcc5s11.ezweb.ne.jp]


[16051] トタH17
みなさん、こんにちは。

今、乗車中ですが、1号車と5号車の編成番号札が「フ」で、4号車が「キ」になっています。10号車は未確認ですが、「キ」だと思われます。


投稿日 2006年11月26日(日) 15時39分 投稿者 前納浩一 [wbcc5s08.ezweb.ne.jp]


[16050] EB改造
三都路快速さん、みなさん、こんにちは

広島区の3両編成の先頭車は整備されています。
また、播但線・加古川線のワンマン車も同様だったと思います。
207系にはこれらの装置の設置を進めていますが103系の場合は今のところ「ワンマン運転」がある車両のみにようです。
羽衣線については確認していません。




投稿日 2006年11月26日(日) 14時55分 投稿者 永尾信幸 [219-75-254-100.eonet.ne.jp]


[16049] Re:延命N40車の廃車
三都路快速さん、みなさん、こんにちは。

延命N40車の廃車ですが、福知山線の応援運用を終えて廃車になったサハl03-350が最初です。平成17年度上期の廃車で、同時期の廃車はその1輌のみです。
平成17年度下期の廃車が載っているJR電車編成表06夏号と、平成18年度上期の廃車が載っているJR電車編成表07冬号の廃車の欄を見て、少し前の編成表と比べてみて、それぞれがN40車でないかどうか確認なさるのが一番確実ですよ。
今、手元に編成表がないので具体的な番号は書けませんが、上記の方法で調べてみていただくのが良いと思います。


投稿日 2006年11月26日(日) 13時50分 投稿者 前納浩一 [i125-203-103-26.s04.a013.ap.plala.or.jp]


[16048] 103系のEBボタン取り付け状況&延命N40車の廃車
JR西日本の103系について、私が知りたい事がいくつかあります。
★JR西日本の103系の運転台への、
「EBボタン」の取り付けは進んでいるのでしょうか。
「EBボタン」が取り付けられた103系はどの車両(車号)でしょうか。
★「延命N40工事」を施工した103系の中で、
廃車になった車両は何両かあるのでしょうか。
上記についての情報がありましたら、
★10月以降、廃車回送や解体が確認された103系は、
どの車両(車号)でしょうか。
こちらの掲示板までお寄せください。
よろしくお願いします。


投稿日 2006年11月26日(日) 13時38分 投稿者 三都路快速 [145.111.111.219.dy.bbexcite.jp]


[16047] KATO103系
みなさん、こんばんは。

KATOの103系、ウグイスが30日出荷、スカイブルーは12月まわしになりました。

新今宮の渡り線、コレができると環状線の折り返し電車が難波までもっていけます。
これで現在南海への乗換え客が、天王寺どまりの環状線に乗り、後の電車や関西線に乗り換える手間が省けます。




投稿日 2006年11月25日(土) 18時33分 投稿者 急行なにわ [cap006-207.kcn.ne.jp]


[16046] 阪和線の短絡線がらみでは?
KK さん、こんばんは。

天王寺駅での阪和線との短絡線がらみではないかと思われます。
あの工事が終わると、いろいろと運行形態が変わるかもしれませんね。
いずれにしても、どうなるか楽しみです。


投稿日 2006年11月24日(金) 23時33分 投稿者 永尾信幸 [219-75-254-100.eonet.ne.jp]


[16045] Re: 京葉線103系
>24年前の中央快速線さん

>来年新鉄道博物館に、保存されますので、

この情報源は何処なんでしょうか?鉄道博物館のHPを見たって何も書かれて
いませんが。
きちんと情報源を書いていただきたいと思います。


投稿日 2006年11月24日(金) 22時32分 投稿者 貿易屋 [li029.li03.li.parkcity.ne.jp]